盤古魔都編のネタをメモ。
この話が一番難しいのところは
『非行に走る妖怪を守る』の正当性を確立すること。
ふと思いました。
ざっくり分類すれば宗教上の意味では
神は『希望』、妖怪は『恐怖』の意味を持っている。
生物であるかぎり、
希望は消えない、そして恐怖も消えません。
生物の本能に根本の2つはこの2つだからね。
希望は『生きるためにいい物を追いかける』
恐怖は『生きるために悪い物から逃げる』。
そしてこの概念は神話学に置ければ答えは浮かんでくる。
神は設定上にが最高な存在、万能、無敵。
でも神は妖怪を滅ばない。
その気があるなら全滅させるのができるだろ?
なんで神はしない?
例外はあるが、
基本的に神話に妖怪退治は人間がしてる例はほとんどです。
パンドラの箱の話も、こんな感じ。
ゼウスはすべての悪を封入した箱を
地上最初の女性パンドラに贈り、決して開けてはならないと命ずる。
そんな回りくどいことしなくでもいいだろ?
そんなもの封じ込めせずにさっさと消滅すればいいじゃないか。
理由はとてもシンプル。
『希望』は『恐怖』を滅べない。
だから、神は妖怪を滅ばない。
神と妖怪は、住み分けの存在でなければならないです。
キリスト教の場合はもっとシンプル
こういう疑問に対して
最初から『神は絶対正しい』と設定してるから、
神は妖怪や悪魔を放置するのも
『とにかく神がいい理由があるはずから信じろ』
という完璧な返事を用意しているから。
で、希望と比べて
恐怖の意味と価値はよく過小評価されてる。
科学の発展で近代に妖怪の扱いはだいたい悪い。
そこで水木しげる先生の出番です。
彼は20世紀に妖怪の価値を極限まで高めた。
妖怪のイメージを強化して、文化価値を確立する。
魔都編の基本イメージはこんなの概念と思います。
盤古は『虚構の人間の町を作り上げ
妖怪を好きなだけ暴れらせる、恐怖のイメージを広げる
神々はその真相を知っているので、放置する。』
という感じで、物語の基調は『サスペンス』で行こうと思う。
序盤は神々たちは不自然ほど
『妖怪?機甲兵?ああ、そんなもんほっとけ』言ってる
そして調査を始まる主人公は魔都に潜入する、
人々を支配する妖怪たちと戦って人間救って、
ラスト真相までたどり着ける話。
まあこれだけじゃ長編物語として足りないだけど
最初の構想ならとりあえずこれで3巻ほど耐えるだろう。
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