最近こう思った。
ネットに通じて世界を知れるようになる。
それで賢いになった気がするけど、それは違うかも。
コロッケ屋など小さい店は
100人や200人のお得意様が居ればあの店は続ける。
それだけで一生に喰い続けるかもしれない。
そんなの生き方は狭い、
世界は知らずにその街で一生終わるなんて嫌だ。
俺は広いの世界に行く。
....という話はよく聞いてるけど、今はやっぱり違うと思う。
”世界”を知った風で言う人は
コロッケの食材や作り方ですら知らないかもしれない。
俺達は、世界を知っている訳が無い。
ただ違うジャンルの知識がちょっとだけ知っている、
世界でそれなり輪郭を描けるだけ。
ネットで情報を手に入れると、
現実に1つ1つ積み上げる実績は意味が違う。
理解と行動は違う分野。
ほら、現実に目が2.0、あるいは3.0の視力を持っている人が
1.0の人より偉い、スポーツがうまい訳が無い。
目が良いはあくまでも目が良いだけ。
1つ1つ積み上げるこそ世界になるんだ。
どちらで言えば
偉いのは”作り出す”人、”知っている”人ではない。
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