2015/01/30

台湾に戻り

仕事による、しばらく台湾に戻った。

9月から早くも5ヶ月。研修も終盤に。
不思議な感じだ。

たくさん勉強しました。
そして一番不思議のは、漫画を関わる勉強は多いけど
実は”漫画自体を描く”の勉強がほぼ無い。

”漫画の周りにある物を勉強する”の感じかな。

ある意味、だから嫌な感じは無いだろうな。


やりたい事に対して未来の時間はそんなに多くないけど
焦らずに学べて行こう。

2015/01/29

シナリオから絵コンテになる瞬間

http://kato-manga.sakura.ne.jp/MG2.html

この話を見ると、おおと思わせた。

そういえば文字から絵になる過程はこういう工夫がいる。

抽象的な要素、イメージとしてまだ具体的に見えない時に
『頭の中でそれを形を与える』という段階があります。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%B5%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86
絵コンテは1つのカットがどのようなものかを説明するものである。
「人物などの被写体はどのようなサイズ、構図になるか」
「それらはどのような動きをするのか」
「カメラのどのフチから画面に入ったり出たりするのか」
「カメラ自体はどのような動きをするのか、
固定(フィックスと呼ぶ)なのか」
「どのくらいの時間映しているのか(尺と呼ぶ)」などである。

......シナリオをこのくらい情報を追加したこそ
『絵コンテ』になるんだ。

俺は決して絵を想像が得意じゃないけど
描いてたページ数は膨大な経験があるので
いくつパターンが覚えたからまあやっていける。

でも初心者はここでよく
『シナリオ書いてたのにネームはできない』問題と遭遇するだろう。

よく考えるとこれは大変な仕事だよね。
文字と絵の間にいたりきたり、何百回この事をやらないといけない。

この『想像の互換』が
漫画家、絵コンテの大きな仕事と思う。

2015/01/28

パラメータの振り分け

絵が上手いけどコミュニケーション能力は低い
話を考えるは得意けど、絵が苦手
0から生み出すが駄目だがサポートが強い。

人の姿を見ると
パラメータの振り分けは学問だなと思わせた。

限られた時間と体力の中に
どうやってパラメータのポイントを取って
振り分けるという。

今の所で人生の中盤なのである程度
今まで振り分けたバランスは基本で未来を考える。
そこにも奥が深い。

子供〜学生時期はある意味そこは簡単です。
数学や国語とか基本を一通りに覚えてたくさん遊ぶ、
それだけで大丈夫。

自分の意志でパラメータを振り分け始める時点は大学でしょう。
でもある意味そこはまだ簡単のは時間も体力も
余裕を持てる。

今のように仕事ながら
これから何を伸ばすのかを選ぶのは機会かなり限られる。
でも厳しい条件でなんとかするのは工夫です。

自分はこれを伸ばしたい。という意志が重要です。

大人になると
今まで自分はずっと絵を描き続けてきたから
これからも他の選択肢が考えられない事は多い
というか、意識すらできない人も居る。

そうなると振り分けの自由も無くなる。

すごくバランスが悪いパラメータの主も見た事がある。
RPGじゃ防禦力とMPだけ振り分けたようなプレイヤー。
あれじゃ何もできないのがしょうがないだろ。

ああどうして能力の組み合わせがあんな風になるだろう。
勿体無いな、と思わせた人。

2015/01/26

写真と人生

今年でフィルムからデジタルカメラに変わり
写真の量はぐっと増えました。

昔なら年50枚くらいで普通だけど
今は月50枚くらいになった。
まあよく使う人は日50枚もおかしくないと思う。

俺は基本的に『そんなに使えないだろうな』と思う派です。
いくら写真を撮っても
基本的に重要の写真はそんなもんと思う。

写真は多くなるほど整理の時間はかかります。
専門のカメラマンじゃない限り
結局そんな多いデータを残しても大した用途がありませんと思う。

でも、これは漫画的に面白い話になると思う。

1世代の違いだけでもっている映像情報量は桁違う。
そして、俺の漫画によくでる数のテーマ:
『その人一生に撮った写真数は何枚?』という。

そこで映像情報量に関わるテーマは出てくる。

まあ俺は『供給過多のこの世』と思う人なので
本当なら減らしたい物がいくつがあると思う。

ゲーム文化論


http://enixcomic.fan-site.net/game1/gamebunka.html

http://lye.blog.shinobi.jp/%E7%BF%BB%E8%A8%B3/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%E4%B8%80%E8%88%AC%EF%BC%9A%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%E5%85%A8%E8%88%AC%EF%BC%9A%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%81%A8%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%E6%96%87%E5%8C%96%E3%81%AE%E9%81%95%E3%81%84%20%E5%85%A8%E4%BD%93%E3%82%92%E8%A6%81%E7%B4%84%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F

本屋をゲーム相関の本を探すときに
妙に俺が欲しいものをみつからない。

ゲームって大抵テレビゲームやオンラインゲーム
あるいは子供の遊び、ボードゲームの資料は少なく
ゲームの作り方はほぼなくて

そして一番欲しいものは
『ゲーム文化論』的なものは全然見当たらない。

うーん。
今の時代に『ゲーム』という概念は細分化した割に
整えた通論はまだ生まれてない事かね。

ある意味、それら辺で探してた専門書より
遊戯王の前6巻くらいの方が
俺が求める物に近いくらいです。

2015/01/24

落書きの心

知り合いの落書きを見て、ふっと思いました

そういえば落書きって、無意識的にこそ活かせる。
何の良いもの描こうつもりで力に入れば逆に描けない。

ああ、あういうフリーダムな感じで描きたいな。
でも心境的に今の俺はちょっと難しい。
目的が持つと落書きの心と合わない。

しかしああいう絵を見ると不思議と思う。
そんな感じの絵の仕組みを理解したい。

そしてある意味がそんなの風になりたい。
何も目的がなくでも絵を描く。
そんなの余裕、心の空間が欲しい。

2015/01/23

男の子の遊び方

となりの関くんを読みました。
これは面白いな。

それに、取材にもなりました。
『男の遊び方』という視点は非常に役にたつ。

机は1つ世界でした、こういう時期は俺もありました。
机はゴルフ場という事も やったし
机にたくさん絵を描いてた。ギャラリーのつもり。

本当に(くだらない)夢があって楽しかったな。

ゲームのシナリオはこういう作品の遊び心は必要。
まあ描写の角度は真っ逆ですが。

進化の先を想像して

ある意味ワクワクします。

学生を指導するときに
一番楽しいのは『学生の進化を想像する』所かな。

これからもっと上手くなる所を想像して
その方向性を示して一緒に歩き出す。
気分はいい。

サポーターもこういう楽しさがあるんだ。
自分で描くまだ別の味だ。

今まで知り合いの作品しか見れないけど
学生はスタイルは多岐なのでそれはまだ別の感じ。

1対多も良いところがある。
指導は一旦終わったら別の学生を指導をする
忘れた頃に前の学生は作品が終わって来てて
時々驚かせる。

へえ、もうここまで描けたのかとか。
水やりだけやっているだけどいつの間に育った感じ。
楽しいな。

2015/01/22

終わるはずがないリスト

研修の後半、仕事に関して違う感じがあった。
なんていうか、漫画を描くの昔なら
50ページは50ページ、決めた量は変わらないし
質も基本的に一人作業なので決めやすい。

で、この仕事は…多分他の仕事も似てる。

初めから『もともとやりきれない』仕事量が存在している。
そしてやり進めながら、ああこれは時間足りない
ああこれは重要度が思ったより低い
なのでこれはやらない、これもやらない、
という感じに減らせていく。

計画は一番重要だけど
実際にやるとアドリフがすごい必要と思わせた。

どんなの教学でも学生の状態による細部の内容は変わる。
漫画で言えば、キャラクターは勝手に動けてる感じかな。
キャラは大事、この点についでも通じますね。

そして少しずつ慣れるけど
まだまだ上手くやれると言えない。

2015/01/20

グラフィックデザイン資料

http://www.dtp-transit.jp/
 DTP Transit
 http://adgang.jp/

http://ogekimog.blogspot.jp/
広告の穴

http://www.advertimes.com/
アドバタイムズ

http://www.tcc.gr.jp/c1_grandprix
C-1グランプリ

今日はグラフィックデザインの授業を受けた。
これ案外に面白い。普通に学びたいだよこれ。

ポクリの広告ネタに関して取材できるサイトはいくつが
一気にもらえて嬉しかった。

2015/01/19

否定的

同僚に言われるとある事を気付けた。

基本的に俺は何を書くときに
否定の描写は多い。

まあ、人間は否定の言葉は『本能的に受け入れない』。
『これを食べましょう』と、『これ食べないといけない』
この2つ言い方では後者は反感を買う。

だからみんなはできるだけ肯定的に話し方をする
それくらい分かるけど。

会話するときはそんな感じはしないけど
書くという形になると否定形で論述を考えるのが好き。

ある意味、これは俺の中に一番に中二病ぽい所かな。

まあ俺は何から何まで肯定的な描写という風潮はウザいと思う。
『みんな違って、みんながいい』みたいな。
いや、それは良いと思うけど。それでもウザいと思う。

俺の感じなら
せめて『みんなは違うけど、それでいい』
この感じで書かないと不自然と思うから。

ちょっと捻くれ者かな。俺は。

臨機応変

できるだけネタバレしない方向でちょっとメモを描く。

この見開きの原稿表現に関してちょっと話し合ってみた。
スピード線は入れるかどうか。

『スピード線を入れるとこのバトルがまだ続けそう
入れない方がʻʻこの戦いが終わったʻʻの感じがする
なので入れない方を選ぶ。』

......と言いました。

これは割とケースバイケース、話の状態も考えないと判断できない
でもこれは面白いと思わせたな。


あと、この前に添削した作品は
作者は『さらに補足してネームを直しました!』
と、新作の35ページを持ってきた。

マジで驚いて、そして嬉しかった。

俺は添削の時に、締め切りは近くてすごく気になるから
実はできるだけ『変更少なめに描きやすい下書き』にしました

しかし彼はさらに上に目指して、
構成も自ら直して、盛り上がるところをさらに強化し
見所もできるだけ前半のページに持ってくる
さらに回想も追加してキャラをさらに強化した。

この意地が素晴らしかった。
添削したネームを自分でさらに強くにした。
これは先生がいくら教えても
学生は自分でその強い意志がないと出来ない事だよ。

ずっとこの感じで描き続ければ
彼はきっと良い成績を残るはずだ。