2013/12/10

虹を見に行く

http://www.nicovideo.jp/watch/sm4914623

マリーのアトリエの音楽は好き。

この曲は明るくて
”行きたいならどこまでも行ける”という雰囲気が持っている。


鮮明のメロディで一曲一曲が記憶に残る。
この人は本当にすごいなと思った。

ゲームも楽しめて良作であった。
大ヒット作まで行かないが、安定な面白さが持って
毎年新作を出して何かが見せる感じが良い。

俺もこんな感じで漫画を描き続けたい。

2013/12/08

ストーリーがあってテーマが無い

今回のネーム進行中。
中盤辺りで違和感が来た。

ああ、理由は分かる。今回のメイントリックは
ラスボスが百足になった前に既に決めたもの。

つまり、話のスケールまだ小さいの時に決まった素材だから
今のスケールでは5年前の構想のまま描じゃは物足りない。

ストーリーはあってもテーマは無い。
だから内容の厚さ増やすべきなのだ。

そう来ると、”人間の話”を今回のテーマに持ち上がる。

元々”要素”に過ぎないの”人間”は
今回のメインデッシュなれるように調理しなくちゃ。


今回の話は比べて力が無い人間が
神様に何かがやらせる話。

神を超えるを信じる人。
今の時点でできる事をやりきる人。
ほん少しでもできるようになりたい人。

そして不安があって人間にやらせたくない神様と
やらせてもいい神様。

色んな想いを交錯して今回の話を渡る。


............
......
うん、やっぱり今回のネームに自信がない。(汗

2013/12/06

概念の減算

知り合いは、
純粋が無くなると何かが雰囲気が描けなくなると言った。

この話題は面白いと思った。

サンタが実際に居ないと知ったら
二度とサンタを信じることができなくなる。
”知らない状態”に戻れない、という話。

まあ知識が一度装備したら外せないが
有りのまま感覚を取り戻すしかないの話。


しかし俺は”概念の減算”という事が面白いと思う。

紫-青=赤
信念-思考=信仰

みたい事。

人間の思考は基本的に加算の方が得意、減算の方が苦手。
加えていくのが本能だが減っていくのはそうではない。

だから”概念の減算”を上手く描ければ
面白い物語になると思った。

連載向けだが結構難しくて、かなり時間で練るが必要。

2013/12/05

最初期メンバー

137章の話は、作品最初期のメンバーが集めて動き出す。

2巻まで出たキャラは最初のシナリオで決まれたキャラ
盤古、魯泉、楽石そして鍾守芬4人。

まだギャグやほのぼの雰囲気が強い頃のメンバーが
ここで最後の闘いを挑む。

作戦自体はシンプル、ここが難しいのはあの雰囲気。
初心に帰ってああいう単純な気持ちはもう一度.....

いや恐らく戻れないが、ここがそんな軽い雰囲気がマッチしないし
でもその頃があったこそ
今が今のなりに歩き方があるんだ。


余談だが、4巻の歙縣胡同が今回のキーポイント。
あのエピソードは一番ワイワイ楽しくギャグ満載でした。

”次回へ期待”のモードがまだ始めていない頃だから
毎回毎回、今回が精一杯に楽しく事をたくさん見せる、
というスタンスで書いてた話。

あの雰囲気が受けたらバトル漫画に転向はしなかった。
らんまの感じで連載を進めていくつもりだった。
あくまでもアクションで楽しめるペース。

まあ俺どちらで言えばバトルの方が向けるかもしれないけど
あの話は本当に楽しかった。

3つの心

http://www.itmedia.co.jp/im/articles/1006/29/news082.html

「Parent(親)」「Adult(大人)」「Child(子供)」

人の心は「Critical Parent」「Nurturing Parent」「Free Child」
「Adapted Child」「Adult」という5つの特性に分けられます。

•Critical Parentを高める→
嫌なことは「No」と言う、きちんと叱る、目標を掲げる

•Nurturing Parentを高める→

後輩の面倒をみる、動物を飼う、周りに気を配る

•Adultを高める→

日記を書く、新聞を読む、物事を客観的にとらえる

•Free Childを高める→

感情を素直に出す、趣味の時間を作る、スキップをしてみる

•Adapted Childを高める→

人の意見を最後まで聞く、相手を優先する


平たく言えば、心理ゲームとは毎度
“同じ公式”を繰り返しては「ほらね、やっぱりね」と“
NOT OK”であることを自分自身で証明し、
わざわざ不快な感情を抱く、というものです。

こうした「本人も無意識のうちに作り出した悪い行動パターン」

=心理ゲーム

http://www.itmedia.co.jp/im/articles/1011/25/news115.html
幼いころの“構ってちゃん”が仕事や人生の邪魔をする

http://e-eap.com/contents/cm_09/cm09_01/index.shtml
心のストローク
http://www.itmedia.co.jp/im/articles/1103/31/news105.html
人生腳本

http://fernwelt.net/b/10-cognitive-distortions/
認知の歪みの定義10パターン


うん、面白いね。
こう考えればちょっと姿勢の取り方や態度の使い分けをわかる。

どの時に”自分の子供さ”を出せても良い
どの時に”大人になってもらう”というバランスを取れば良い
結構役に立つ。

そして心のストロークも良い話。
そうだよね。感情は消耗品なんだ。
人から貰っていくのが非常に大きい。

それが抜きでハッキリ言って生きられない。
いや、無人島は一人でも生きるかもしれないけど
動物としてではなく人間としてさ。

そして作品に通じてそれを貰える。
現実に人から実際に貰った物と比べると劣るものの、
古代の人から何かがもらえるのは凄く素晴らしい仕組みと思う。


心はどう生きるという話は本当に奥が深い。

文明の裏側

魔都篇のメイン話は、機甲兵と盤古の話である。

機甲兵は魔王的な存在で
プロデューサーとして妖怪をサポートして
妖怪の町を出来上がる。

その間に、神官達を籠絡して
天界と衝突や対立を回避し
”問題を隠す”という感じて裏の社会を作る。

テーマは”文明の裏側”。
どんなの状態でも、機甲兵の仕事は”悪い方向を転ばす”。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A9%AD%E5%BC%81

普通の魔王と違って基本的に闘いで相手を潰すではなく
相手の心の隙間に付く、相手の目的を忘れさせ
相手の理念をすりかえ、相手の思考を狭くさせる。

現実に人々は逃避して自分の心に負けてしまうように。

そして盤古は”問題を暴れ出す”という姿勢を機甲兵を拮抗する。
機甲兵の手段は甘い誘惑なら
盤古のスタンスは嫌われ役として痛い目を与える事。

盤古の目的は妖怪を倒すではなく
あくまでも”人々を魔都から無事に逃げられる”の事。

妖怪は道徳が持っていないスタンスなので
盤古も決して妖怪を”向善させる”したい訳じゃない。

だが道徳を持ちたい人なら救う。

魔都は”悪いシンボル”として立て上げる。
悪は滅びではなく、永遠の課題として人間に見せられ続ける
という感じで”悪の見本”を存在させる。

神々は”悪を放置すると段々にひどくなる。
だから存在させない。”と言っているが

機甲兵はそう言う
”その理屈なら善はほっとけでも勝手に増えるじゃないか。
こっち元々世界征服なんてつもりがない
都市1つ。我々欲しいのはこれだけ。
お前らの恐怖で勝手に人の悪行を水増やするな。”

大体そんな感じでやれるかなと思った。

この意味では機甲兵と盤古は互いに敵ではなく
対立の立場に居るだけ。

恐らく機甲兵と盤古は割りと相手の事を理解している。

光と影として二人が2つ方向で魔都の立て方を模索していく。

良い話

http://himasoku.com/archives/51655776.html


若いうちはわかってるふりをしたがる。
歳をとるとわからないふりをしたがる。


トップにいる連中は頭の良さだけでなく、
人間としての魅力にも溢れているということ。


好かれるより

嫌われることを苦にしない人の方が組織のトップに向いてる

誰でも死ななくちゃいけない。
でも私はいつも自分は例外だと信じていた。


お前らの人生はアウト 
しかしまだワンナウトだ…

自己嫌悪とは自分への一種の甘え方だ、
最も逆説的な自己陶酔の形式だ



小学生は暗くなる前に帰りなさい。
中学生は暗くなったら帰りなさい。
高校生は日付が変わる前に帰りなさい。
大学生は盆と正月くらいは帰りなさい。
大学院生は帰れる家があることに感謝しなさい。
社会人になったら、子どもが安心して帰ってこれるような家を、

今度は自分がつくれるようにしなさい。


怪物と戦う者は、その過程で
自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。
深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ


なんでわかんねんだよ!
ダンゴムシにはダンゴムシの生き方があるの!
なんで日の当たるところに引きずり出そうとするんだよ!
卑屈になってんじゃねえんだよ!
石の下は湿っててひんやりして気持ちいいんだよ!
つつかれたら丸まるのは自分の意思じゃねえんだよ!
遺伝子で決まってるんだよ!ペンギンは空を飛べないの!


前の会社で2億の機械を俺のミスでぶっ壊した時
社長はショックで声がでなくなりながらも振り絞るように
「君に怪我がなくてよかった。機械はまた買えばいい」
と言ってくれた
その時、俺はこの社長に一生ついて行くと決意した



まず隣の人を救う。そして出来ればその隣の人も救いたい。
マザーテレサ

人の足を止めるのは“絶望”ではなく“諦め”
人の足を進めるのは“希望”ではなく“意思”


人生には三つの坂がある
上り坂、下り坂、まさかだ


最初は綿のように優しく包んでいたものがいつか水を吸ってお前に重くのしかかる。
それでもおまえは捨てずにいられるか?


『人間の99%は、

心のどこかで「自分は平均以上だ」と思い込んでいる』

2013/12/04

上辺だけの会話

http://252566.at.webry.info/200908/article_2.html

この話でネームの事を思いつけた。

漫画のフキダシは使える字数がかなり限られている。
感情を書くのが最優先、次は本質や情報を書く

さらに想像や解釈の余白を与えるために
7割程度の話しか言わない。

上辺だけの会話は字数の無駄ため、
”何か食べたい?”うーん、分からない。”俺も分からないな。”
こういう味も無いの日常對話は基本的に出来るだけ抑えるべき。


でも現実は逆。
どうでもいい雑談は9割で居られる。

本で読んだ事がある、会話は人間の本能。
”情報の交換”、そして”その人と関係の維持”という意味がある。

上辺だけの会話だけでも、
ある意味は”知り合い”という関係性の維持費用。

たまに見た夫婦は”うん”ああ”これ”はい”で対話成立
という言葉で通じるのは両方共、
相手の理解度が非常高いの前提はある。

相手の事が知らない、知られない事は不安だから
まず上辺だけの会話で掴みやすい、共感しやすいの話題から
人と付き合う事になる。


漫画のセリフはこの意味では書き難い。
限られる字数で、上辺だけの会話がほとんど使えない
しかし読者の心を掴めなければならない。

漫画の会話は事前にじっくり考えたあと言い出す
よく構成された会話。スピーチに似てる。

2013/12/03

風邪が治っていないかよ

ようやくスピード線が終わってホワイト仕上げに。

昨日から眠そうでだるいと思ったら
今日は頭がくらくらなってきた。

やべ、風邪が治っていないかよ。
薬が効いたから大丈夫と思ったら薬が切れるとまだ調子が悪くなる。

何とかあと1日耐えてくれ。明日が全てが終わるから
その時にしっかり寝てあげるから。

多い

ここで効果線25ページ。
残りは僅か、あとはスピード線をまとめて終われば....

と気付けた。
今回のスピード線は凄く多い。異常だ。

スピード線は無いのがたった5ページ。
残りの24ページは全部処理しなければならない。
普段バトル回の倍くらいの量があるぞ。

これだけあると、スピード線だけで丸々1日かかる。

こりゃ、今日が終わるのは絶対無理。

今回の原稿は一番難しくエピソードではないが
地味に時間かかるんだな.......


多重スピード線をかかる所が手強い。
背景とキャラのスピード線は2種類に分けて描く
その上にフリーハンドで勢いを追加
さらにホワイトのスピード線を描く。

丁寧に重ねて描く。
それぞれスピード線は難しくないけど四重の手順が必要なので
この1枚のスピード線だけで2~3時間くらいかかる。

精度高すぎて
アシスタントでも描けないし自分で描くしかない....(汗

2013/12/01

あと1.5日

アシスタントは9時間に小物を描いてて
こっちは効果線を描く。

15ページまでくらい進めてた。ここで半分地点。
明日だけじゃ終わらないかも、あと半日くらい必要。

ここからラストスパート。早めに終わりたいな。

人性がある限り

七つの大罪 27話 無情の雨
 
最近ネームを勉強するときにこの話を考えてた。
この話のサブタイトルは”無情の雨”だが
内容を見る限り、雨とも無情ともそれほど関わっていない。
 
俺はそう考えている:
この話もともとヒロインの見せ場であるはず。
弱いヒロインなのに国に追われた身になって、
雨の中に騎士に捕まれて、殴られる悲壯感が今回のメインテーマはずだ。
 
しかし編集はそれが面白くないと思って
打ち合わせによる、”説明回と新キャラ登場回”というスタンスに変更。
 
だがサブタイトルはそのまま変わっていない。
ある意味、作者の意図と雑誌の方針と違うと感じるの一回であった。
 
 
俺は完成したバージョンが商業漫画として正しいと思う。
鈴木先生は長所が内容の深さより、
”浅いでも誰も楽しめる娯楽作”の方と思うから。
 
ページ数が多いの月刊ならともかく
週刊なら単純明快の話の方が良いと思う。
 
鈴木先生の作品はデビュー連載から大好き。
しかし何となくズレがあって、どんなの作品も
”なんか違う”の感じが存在しているのでヒットはしなかった。
 
今回の連載はそのズレ感は消えてた。
”まさに今の読者がそれを読みたい”所がしっかり掴んでいた。
 
この作品はこういう見せる所の選択が非常に正しい。
毎回にネームはそれをよく表現していた。
 
作品は作者本来の意図と違うのは、良くないと限らない。
まあこの意味では編集の立場として同じです。
 
 
 
....話が変わるが、盤古の妖怪の話を考えるときは
妖怪はどんなの存在という定義はずっと大きな課題になっている。
 
妖怪とまともな会話はできない。
分かり合いはまず不可能。受け入れるも不可能。
 
地震や火事ような災難と似てる存在。
そんなもんと”分かり合える”とか”受け入れる”とか
そんな考えなんて場間違い。
 
しかしそんなのもの居る限り処理し続けなければならない
人間の生存として永遠のテーマである。
 
そして人性もそんなの物と思う。
人と折り合う限り、人性がそこにある限り、
生と死や善と悪ようなテーマは永遠に逃げられない課題。
仕事する時はそれも含めて処理しながら生きていく。
 
作品を作る仕事もそんな感じと思う。
 
自分の独断による、気分による、様々な事を無視するのは
まるで”囲碁をやる時は石が1回に2つを打つ”
基本のルールまで無視してやっていく事と同じ。
 
常識を無視するのは枠を壊すの創造と限らない。
ただ単なる”ルール違反”に過ぎないケースの方が多い。
 
宗教が何千年もこういう悩むを処理し続けてきた。
環境が変わると微妙なバランスも変わる。
そして新しい世代が生まれ来ると、
まだ1つから学べなければ、伝えなければならない。
 
 
この”永遠の課題”は、人として生きる限り
いくらでもやり尽くせない。
 
良い作品を作る、良い仕事をするのも同じと思います。