....羅剛は俺の中に悪役にカウントされていない。
場合によって彼は十分に良いやつに見えるし。
悪い事をやっているけど悪役は無い......ああいう感じ。
ある感想はそう言った。
盤古の悪役は全て”彼が悪事を働くを見るだけで楽しい”タイプ。
”主役に倒されて、読者にカタルシスを与える”タイプは無い。
5年前くらいなら悪役は苦手なので上手く描けないだが
今は昔より分かっていた。
今の時代、”悪事を働くを見るだけで楽しい”タイプの悪役が強い。
これはこの時代の読者、気持ちが違うため。
平和の時代だから、”懲らしめる”事自体はそれほど興味が無い。
要するに、本当に悪いやつは現実に滅多に会えないから
あんな悪いやつを倒したい気持ちは弱いが当然。
逆に平和の割りに”社会ルールの縛り”が強いの分
読者は”自分の代わりに悪い事をやってもらいたい”気持ちが強い。
多分、読者も分かっているよ。それは”悪い事”くらい。
だから主役はやるではなく、悪役にやらせたいんだ。
それは良いとして、昔より悪役を描けるの理由は
俺が悪の定義はちょっと変わったかもしれない。
簡単で言えば、蚊を殺すは罪になれないだが犬を殺すが罪になる
本質は全く同じはずけど結果は全然違うね。
現実では、罪の判断は
行動の本質より、”スケール”がポイントなんだよ。
どんなの悪事でもスケールはある程度に小さくなると全然悪に見えない。
とにかく、とりあえず”悪”を定義しない。
ああいうやり方は邪悪、ああいうやり方は善良など判断しない。
あのキャラの本質ではどんな風で、どこまでやれば悪役になれる
という事を考えればいいんだ。
悪役キャラを作るではなく、キャラはどうすれば悪役になれる
彼に似合うやるべき事を考えて、スケールアップさせて
やり方を間違え、行き過ぎ、白をひっくり返すれば黒になる。
そうすれば、どんなのキャラも悪役になれる。多分。
まあそれを描くため、マイナス感情は必要だから
羅剛に”俺が持っている、描きたいマイナス感情”はないだから
結局半端な悪役になってしまう。
俺の性格そんなに歪むやつじゃないから悪役の幅は狭く
悪役少な目で行くしかないと思うだが、魔都篇を描きたい場合、
ある程度に悪役は”量産できる”ようにないと話が動けないと思う。
恐らくこの悪役育成方法まだ完成していない、
この感じで作れる悪役は.....なんか”犯罪者”に止まり。
もう少し純粋な何か、もっと強いの何かが欲しい。
罪とか結果とかではなく、もっと絶対的の何かが。
犯罪者はあくまでも現実的な要素、もっとファンタジーぽい神話とか
昇華したの何かが....
ダイスで言えば
初めから-1から-6までしか出ないにダイスとか。
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