2011/01/21

善を信じる事は

ちょっと友人と話し合って、”善を信じる事”を考えてみた。

少年漫画はよく”善意を信じる”事を強調して
青年漫画は逆にかなり比率で信じないとして描かれた。

まあ、同じくらい数の作品は
”まず知恵を持てないと善意を無駄にする”として描かれたと思ったが。

そしてここに来た質問は、
”何故善意を信じられなくなる?”

友人は、どうやっても変わらないの”無力感”がある
で答えてくれた。

現実はもう少し厳しい条件と思いました。
俺の考えは、”自分の一番大切なモノを守れない”だから。

例えば、裏切られて自分の恋人や家族が殺される場合
それは流石に”善意を信じる”のはかなり難しいと思う。

しかし友人の答えもなかなか現実と思う。
それだけでも信じる事が容易じゃありません。
馬賢の場合は丁度そのくらい。それもかなり迷えるだよ。

盤古の話はちょっと違うけど、ある程度に通じると思う。

盤古ここからの課題は自分の目標を決めると、
同時に自分の真実に向い合う事と思う。

内面で自分が見えない分、それが難しくなる。

多分盤古にとって自分の”裏”は一番大きな障害だが
その”裏”を”切り捨てる”ではなく、しっかり認めて
そして自分を怖くない事だと思います。

要するに、プラスなモノだけ見てて楽観ではなく
”全てモノを見てて客観”、何を信じるのはあれからだ。

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