2011/02/04

負の感情

ちょっと資料を探す。こういう事は比べて探しにくい。

大抵に”乗り越える”とか”プラスに変わる”という前提で
書いてるモノが多いため、なんかイマイチ分からない。

もっと純粋な意味の資料を探したいけど案外に難しい。
こういうモノは”隠れる”の所が多いから、まさに妖怪のような。
知る人だけ見つける、ようなモノなのだ。

まあある意味2CHはこういうカオスな所かも。
負の感情だけではなくとは言え、全てが混ぜている。

しかしカオスだからこそ、情報は整理されていない。

負の感情は昇華できる、ちゃんと向かい合えば別の形のパワーになる
そういうモノは確かに出来るけど
その以外のは、どうすればいい?どうになるだろう?

”自分が幸せになりたい”と”誰かが不幸にさせたい”
一見は似てるだけど、やっぱり2つ違うモノ。

いくら自分はどれほど幸せになっても、
誰かが不幸にさせたいという考えは必ず忘れると限らない。

まあ、逆にもあり得るけど。
いくら自分はどれほど不幸しても、人の幸せを心底から願える人はいる。

でも普通は自分は幸せになると人に不幸させるつもりは無くなる。
自分が不幸なら、人の幸せなんて考えたくないだもんな。
これが一番多いケースだと思います。

だから、普通なら”まず幸せになろう”と思う。
幸せになると大抵の問題は無くなる。

幸せって何?それは別の問題だ。
まあこの答えは割とハッキリだから別に書かなくでもいいだろう。

本来、負の感情は回避できるモノなのだ。
怒り易いシチュエーションを避ければ、色んな意味が楽。



問題は、”幸せになれない”の場合
負の感情はどうすればいい?どこへ行く?

よく考えれば、この隙間は案外にいると思う。

本当に生死かかる場合は基本的にどうにもならない
抱けながら死ぬか生きるか、それしかない。
動物の状態は一番これに近いでしょう。

確実に生きるけど、不幸から脫出できない場合は
誰かがに負の感情に転嫁するケースは多い。
家庭暴力やイジメはこんな感じでしょう。

2CHはこういう負の感情の捨て場ようなモノです。
そこは少しマシのは、現実の被害が少ない。
同じ想い人達がそこに集めるから、ある意味解決できなくでも
”気分を晴らす”くらいが出来ます。

小学教員をやる時はそこがある意味よく分かった。
子供はね、どんな感情でも素のまま出るから
先生は上手く処理できない部分は、全て先生に転ぶ。



負の感情は、一番に手軽く処理は”予防と回避”です。
そんな感情と会えなければ全てが良し。これが一番簡単。
(でも一番”良い”と限らないが)


回避不能の状態では、一部の負の感情は昇華する
一部は何とか怒りパワーなど再利用とかできる。
ある意味これは一番素晴らしいパターン。
全て負の感情は回避できる訳がないから、これを出来ると大きい。


プラスにならない部分は
普通は我慢して、友人に愚痴、という形で何とかゴミとして処理する。
つまり、何とかその”マイナス”が”被害”にならないようにする。


続いてはストレートに誰に与える事で気分を晴らす事。
誰を殴ってああスッキリになりました。とか。

でもまあ、少年漫画は一番によくあるパターンですから
殴る相手、力加減とタイミングが正しいなら、社会ルール的に許せないけど
”裏”として気持ち的にアリ、という感じかな。


そしてさらに低いランクのは喧嘩。
動物と同じくらい、疲れるまで相手と噛み合う。
誰も得にならない、損になる。


一番まずいのは、負の連鎖。
つまりやる度に”負の感情を増やせる”。
復讐とか戦争とか、こうになると色んな意味が止まらなくなる。



ちょっと別の話だが
”ナイフが持つ大人10人があれば、虎一匹くらい殺せるだろう”
という考えがあったが、それなんか普通にあり得ない?

逆に、今は無理でも千年前くらいなら人間は刀しかない時代
虎が人間の村に襲えば、結構勝率は高いじゃないかなと思った。
しかしそんな話はあんまり聞いていないだね。

そこに考えたのは、勝利の前提。
こういう戦いは勝ち負けではなく、生きる死ぬ事。

だから、どちらにとっても基本的に”無傷”に終わりたい。

食われる側はもちろん
食う側は傷を負うと、次に狩猟の支障が出る。
狩猟の成功率は元々低いから、そのまま死に直結する。

多分、そこにいるのは”自然界”と”社会”の違うと思う。
だから負の感情も、扱いや使い方が変わっていく。

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