2014/01/04

漫画は”本”じゃない

ちょっと台湾30年前の漫画を思い出して調べていた。

ここで書いた事はあくまでも個人の感想。

........多い人にとって漫画は”本”じゃない、という感じがする。
微妙な感じかもしれないけど生物学的に”本の亜種”という意味。

本の作りに関して調べた。
本を作るにああはこうするとか色々書いてたけど
”しかし漫画は含めていない”という意味が
あちこち見られる。

日本は既に漫画の市場は完成したから問題は無いが
台湾の場合は雑誌は作れない、
そして日本と同じ420円と同じ判数のコミックも作れない。

だから台湾に今の時代は”本寄りの漫画”を作るように
傾向がある。日本のコミックと区別するように。

いや別にそれは良いと思う。

アメリカコミックもBDも、日本の漫画とスタイルが違うし。

だったら問題は、どんな風に日本と違う漫画を作る話。

俺は昔に全く日本と同じ漫画を描き続けてた。

盤古だって日本と今に全く同じ文法で描かれた漫画。
面白いすれば何も問題がないと思ったが
よく考えるとそれは改めて考える価値があるのテーマと思う。

それはあくまでも”日本の漫画に慣れた読者に面白い”の作品。
特に科挙篇以降はその意味が強い。
9巻以降の展開は”ジャンプに載れても打ち切られないように”
という基準で描かれた。

実際、科挙篇以降のアンケートは概ねに上だから
それはそれで良い内容のは間違い無いと思うが
台湾で売れる漫画どうか、その意味ならまだ考える余地があるかも。

何となくあそこに微妙なズレがある感じがする。
このポイントは漫画の内容より本として形式と体裁の方
...つまり出版社にとってどんな”形”で本を作るの意味。

この数年は台湾の漫画は
日本のスタイルそのまま使えないという感想がありました。

少女マンガはギリギリ通用するが少年と青年漫画は全く通じない。
例えば日本と同じレベル漫画を作れでも
あんまり売れない作品は見た事があるから。

だからこの意味では内容のレベルと質より
読者のニーズを応じるかどうかの方が問題があるかも。

実際、色んな出版社はそれを模索しているし。

まだ考えが形になっていないが
なんとなく感じた事をそのままを書く。

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