2012/07/12

悪意

悪役や敵役を作るのはいくつパターンがある。

まずは、立場で敵になってしまったの敵役。
良い人でも敵役になるが、キャラの描写は
”立場”をしっかり見せないと魅力的な敵になれない。

次は悪役、邪悪な心を見せないといけない。
コレ実は難しい。

だって今は平和の時代だから、邪悪を体験する機会は少ない。
だから若い作家では、上手く悪役を作れないケースが多い。
俺もああいう感じ。邪悪なんて認知も描く気があんまりない。

犯罪心理学の本を読めれば分かるけど
まあそこまで理解したくない.........と言った所かな。

個人的に、ここにあるキーワードがあります。
”悪意”です。

どんなの人間でも、悪意がある。
もうちょっと詳しい言えば、悪意は本能です。

幸せの時は悪意なんて無いかもしれないが
苦しい時はほぼどんなの人でも必ず悪意が居ると言い切れる。

普通の経験で考えれば邪悪より、悪意の方が具体的。

悪意は原動力で行動を広げれば邪悪になる。

あの人が羨ましくて、不幸させたい。
別に恨みが無いが、なんかその人を弄びたい。
蟻を潰すのは面白い。
勿体無いけど、食べる物を捨てるのは快感だな。
禁止されるだからそこ、そのルールを破りたい。

そんな感じで、悪意はどこにもある。
だからこそ”道徳”は生まれる。

道徳を理解できるけど、道徳の粋を囚われない人は
善も悪も表現できる。

道徳の基本は、最多数の人の命、生活を守るためにである。
だから邪悪の基本は、相手の命を奪う事。

しかし殆どの人間はそんなの事に興味が無い
だから邪悪を描けないだろう。
でも人間は道徳を本気に好きな人も、そんなに居ない。
道徳を従うの方が面倒が無い。普通はこんなレベル。

この意味では、善も悪でも
普段に心では何となく感じる事から考えるの方が簡単。

”自分が悪くない、邪悪とか悪意なんてある訳が無い”
そんな風で自分を言う、或いは目を逸らす。
こうなったら、悪意を描くのは難しくなる。

経験した相手の悪意も良い素材だが
自分の心に居る悪意はそれを上回りの素材と思う。

まあ、本当に善意に満ちる環境では
悪意すら気付けない人はきっと居る。

それでも人間の心は面白い。
悪意だけ排除するのはちょっと勿体無い。
悪意好き訳ではないが、それが居ると生きる実感がより明確する。

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